闇と光。私は弱くて、強い。ここで私が見つけたもの~りえちゃんのインドヨガ留学体験記~

インドヨガ留学に参加したきっかけ

日本にいた時の不安。私とはなにか…

私は今まで日本でフリーターをしてた。
いつも心のどこかで

「本当にこのままでいいのだろうか?」
「私は何を見つけたいんだろうか?」

と疑問に思ってた。
大人になるにつれて、なぜだかわからないけど漠然としたどうしようもない不安、生きづらさを抱えていた。

働く場所、住む場所、関わる人、外部を変えていくことで自分が心地良いと思うところをいつも探しづけた私。

フィリピン人の従妹と。りえちゃんはハーフ。

去年約一年間、単身で沖縄の離島で住み込みで働いた。心機一転もう一度ここで自分を見つめようと思ってはいたけど、結局いつも感じている人生への疑問、自分への疑問にぶちあたった。どこにいってもそれらはいつまでも私を追いかけてくる。

・人生ってなんなんだろう?
・幸せってなんなんだろう?
・本当の愛って何?
・私ってなんなんだろう?

そんな時、島で素敵な出会いがあり、仲良くなった子に
「りえさん、インドでヨガやってきたら?」
と言われて、ここのヨガプログラムを知った。

自分を見つめる為に来た、沖縄の渡嘉敷島

 

もともとインドには行ってみたかったこと、ヨガも数回しか受けたことはないけれど、その時の心地よさを覚えていたこと、それとなにより直感でピンと来るものがあった。

「インドに何かあるんじゃないか、
私が探しているものがあるんじゃないか」

紹介してもらってからすぐに申し込んだ。

インドへの道のり

インド入国前のアクシデント

私にとってインドは初めてで、衛生面や治安の不安などがあった。ヨガプログラムが始まる前に心も身体も慣れておきたいなーと思ったから、プログラム開始の一週間前にプリーに着くチケットを手配してもらった。

成田クアラルンプールブバネシュワル

だったけど、クアラルンプールでまさかのインド行きの飛行機に乗り遅れた(笑)

インド行きの飛行機は2日後にしか出ないと言われ、絶望した(笑)
今だから笑えるけどあのときの私からしたら不安でしかなかったなー。

英語もそんなに喋れないし、一人だし、疲れていたのと、初めての場所での不安と緊張でかなり感情が乱された。正直このまま日本に帰ろうかなとも思った。
なんだかインドに拒否されてる気がして(笑)

かなり不安にもなったけど、のんちゃんとフォクナさんにすぐ連絡して、気持ちが落ち着いて(迅速な対応をしてくれて、ほんとに安心しました。)

「よし、私は試されているんだ。
インドにたどり着くにはこの試練を超えないといけないんだ。」

と切り替えてマレーシアの観光を楽しんだ。結局体調崩したけど。

2日後に無事ブバネシュワルについて、空港をでたときにのんちゃんが
「りえちゃーん」
と名前を呼んでくれたときに安心して涙が出そうに。
ロッジに向かう道中は初インドへの興奮と疲労で変なテンションだった。

次の日の朝、
ロッジの屋上でインドの景色を眺めてたら一人で号泣した。

「本当にインドにいるんだ。遠いところに来たんだな。
私が選択してここに来たんだ。
インドに来るまでポジティブに切り替えてたけど本当は怖くて、不安だった私もいた。
自分が思ってたより私って弱いんだな。けどわたしがんばったな。」

インドについて初日、五感でたくさんのものを感じ刺激され、
いろんな感情が溢れ出した。

プリーに着いてすぐのりえちゃん

実践クラスについて

アーサナ実践クラスが始まって、最初の一週間は体中が筋肉痛。
今まで使ってこなかった筋肉の存在に初めて気づいた。

私は肩凝りと偏頭痛に悩まされていたけど、一週間経つ頃にはすっかり解消されてた。

プラカーシュ先生の一人ひとりに対する適切な指導に対する信頼、時折みせるチャーミングな面に癒されて、真剣に、そして楽しみながら授業を受けることが出来た。

呼吸に関しても、いかに自分が呼吸が浅いのかを実感した。そして自分の体が喜んでいるのを感じた。

今までずっと一緒に過ごしてきた自分の体なのに、全然知らずに過ごしてきたな、体の声を聞いてこなかったなと思った。ごめんねって、思った。

アクロバティックヨガ

ルチカセオリーについて(ヨガ哲学)

ルチカ先生が教えてくれた事

このヨガプログラムを受ける前からサンタナのブログは熟読していて(笑)
私がこのプログラムに参加する一番の目的はルチカ先生のヨガ哲学の授業を受けたい!!と思ったからだった。

初めての授業で自己紹介をしながら、
「あなたはなぜここに来たのですか?」
という問いに私は号泣した。

本質的な部分に触れられた気がして、今までのわたしが選んできたことや、感じてきたことが込み上げてきた。

ルチカ先生の真っ直ぐなきれいな瞳、醸し出している優しいオーラ、全てに包まれて浄化されていくようだった。

宗教やスピリチュアルが身近に感じることがない私達、日本人にも例え話を用いて、わかりやすくヨガ哲学を丁寧に教えてくれた。(みきちゃんの丁寧で正確な通訳もわかりやすかったです。)

私が日本で疑問に思い続けてきたことに対して、点と点が繋がっていくような感覚があった。

物質世界で生きている私達に、本当に大切なもの必要なものとはなんなのか、考えさせられる時間だった。

哲学講師ルチカ先生と12月生

ワークショップについて

自分と向き合う事の恐怖。

私はなんだか、始まる前から嫌な予感がしてた(笑)

とことん自分の内側と向き合うことになるんじゃないか、感情が乱されるんじゃないか。

本能的にこれは危ない、逃げたほうがいいと私の中から声が聞こえた。

ワークショップを受ける時の私は心も身体も戦闘態勢。

始まってみたら案の定、私の感情はまるでジェットコースター。
これでもか!という程、自分の中の嫌な部分、目を背けたかったことが浮き彫りになった

『なんでこんなことしなきゃいけないの、もう乗り越えた出来事をまた深堀りしていくことになんの意味があるの!?っていうか、この人に私の何がわかるのよ!』

坂本さんに悪態もついた。(坂本さんごめんなさい。(笑)

授業の時間になるにつれて、心臓が早くなって、呼吸が浅くなって、手汗がでた。
逃げ出したかった。

ほとんど毎回号泣してた。
苦しくて、悔しくて、怖くて、認めたくなくて、嫌な感情を思い出したくなくて。

だけどその気持ちと同じくらい、嬉しくて、穏やかで、幸せで、心地よくて、自分の中の光を感じた。

あぁ、私がなかったことにしていたモノたちはまだ私の中に残ってて、私がちゃんとみつけてあげないと出口すらわからないんだ。
迷子にさせたまま扉を閉めてしまったんだ。
ごまかし続けてきたんだ。

心の中の掃溜めにずっと放置してた感情たちが、
「見つけてくれてありがとう」
と言っているように感じた。

坂本さんのワークショップで

「自分がこの世で一人ぼっちだと感じたことがある人」

という問いに、ほとんどみんな挙手していて、

「あ、私だけじゃなかったんだ。
私だけが生き辛かったんじゃないんだ。私って自分のことばっかり考えてたのかも。
みんな一生懸命戦って、乗り越えてきたんだ。だから今ここで私達は一緒にいるんだ」

と思って、私もみんなもいっぱい頑張ってきたよね、遅くなんかないよね、という気持ちで涙が溢れた。

誕生日をインドで迎えました~

シェアリングでの気づき

最初シェアリングが始まる前は、私は人前で話すのは苦手だし、感情を吐き出すのも怖いし、別に本音を共有してもなー、私は私だしなーとか、それと同時に心のどこかで良いこと言わなきゃ、いい人と思われたい、とか思ってる自分もいた。

それなのに、最初のシェアリングで「ここにきた理由」を話すときに私はまた号泣した。

私は心のどこかで、
「私がしてきた事、選んできたことは全部間違いなんじゃないか」
と後悔したり、自分で自分を否定し続けてきた。

一番言われたくないことを、自分自身に言い続けてきてた。

週に1度あるシェアリングでそれぞれの想いをシェアして、たくさんの気づきがあった。私は毎回泣いた。みんなの話を聞いてると、喉の奥がつっかえてきて、胸がキュッと締め付けられて、目頭が熱くなってくる。自分が話すときも、聞いてるときも泣きっぱなしだった。それは、その人の奥底からの想いだから。そこに今までの葛藤や不安、それと同じくらいの愛情、希望が滲み出ているから。

「私達はそれぞれが産まれてから今まで、悩んでもがいて迷って、それでも歩き続けてきたんだ。みんな今まで生きててくれてありがとう、私も自分自身に今までがんばってくれてありがとう、ここで出会ってくれて本当にありがとう」

そんな思いで胸がいっぱいになった。

しんどい時も、一緒に向き合おうとしてる仲間たちの姿に何度も救われた。

初めてこんなに自分の感情をぶちまけた。

みんな、受け止めてくれてありがとう。

シェアリングで心を内を吐き出し合った仲間たち

変化に対する恐怖

終わりも近づいた最後の週で、私は心身共にバランスを崩した。自分と向き合うことに疲れ果てて、拒否してた。

なにもやりたくない、なにもみたくない、部屋にこもって泣いた。

みんなはちゃんと頑張ってるのに、もうすぐプログラムも終わっちゃうから授業ちゃんとでたいのに、みんなとの時間を大切にしなきゃなのに、なのに誰にも会いたくない、話したくない、考えたくもない、いろんな思考と感情がぐるぐる巡った。

そんな私に

「それもりえちゃん。いいんだよ。そのままでいいの。それでいいの。」

みんな私にそう言ってくれた。

その時、私は自分で自分のことを認めてこなかったんだと気付かされた。自分で自分を否定する癖がついていた。

~あるべき、~しなくてはならない

そんなふうに自分に対して思っていた。

自分が思い描く自分とかけ離れてしまった時に、

「私はなんてだめなやつなんだ。だらしない。ちゃんとしなきゃだめなのに。」

そんなふうに思っていた。

だけど

私が私だと思ってる「私」って?

周りから見える私のこと?

自分が理想とする私のこと?

私はずっとそれらの答えを外部に求め続けてきたんだなぁと思った。

私の中にある「本当の私」の声を無視し続けて、否定するばかりで、認めてこなかった。ちゃんと味わってこなかった。ごまかしてきた。

私は変化していくのが、怖かった。
本当の意味で自分と向き合うのが怖くて、怖くてしょうがなかった。
自分のだめな部分を認めるのが嫌だった。

今までの自分を守ってきた方法にしがみつこうとする私がいた。

そんな私がいることに、気がついて私自身で

「そんなふうに思ってるんだね。大丈夫だよ、そのままでいいよ。よしよし、大丈夫だよ。」

私自身が私に気づいてあげることで、どんどん気持ちが落ちいていった。

自分を愛しなさい、自分を大切にしなさい。

よく聞く言葉だけど

どうやってやるの?ってずっと思ってた。
そんなことができたら何も苦労しないし!とも思ってた。

不幸を感じてるほうがほらやっぱりねって楽だったのかな。

信じる強さがなかったのかな。

今回、自分の中に在り続ける感情たちと向き合い、探して、認めていくことで自分の中にある、嫌だと思っていた感情達が愛に変化していくのを実感した。

闇は光になる。

光が強くなれば闇もくっきりと強く現れる。

その両方は常に私の中にあることを知った。

私は、弱くて強い。

歌うヨガ生らぶりえ。クリスマス会にて。


45
日を終えて…

ヨガプログラムが終わってから、そのままインドに約1ヶ月滞在する予定だった。

プログラムを終えて、私にこのプログラムを教えてくれた子と、一緒に島で働いていた地元の友達が会いに来てくれた。

ここプリーで縁を感じる出逢いがたくさんあった。

今まで私がやってきたこと、選んできたこと、全ては繋がっていて、今この瞬間も未来に繋がっているんだと心から思った。

頭で考えようとしても理解できなかった。頭だけで考えてたから理解できなかった。

プログラムが終わってからどっと疲れがでたのと、友人達との楽しい時間を過ごしていく中で、少しづつまた以前の私がひょっこり顔を表し始めた。

なんだかモヤモヤする、なんか体が重い。朝早く起きてヨガするのも疲れるし、めんどくさい。

友達といるのは楽しいはずなのに、なんでこんなふうに感じるんだろう?

私はプログラムが終わってやりきった感に包まれて、欲望の方に心が傾いた。

あんだけ頑張ったんだからちょっとぐらい休んだっていいだろう、お酒もタバコもいいだろう、夜更ししたっていいだろう、そうやって少しづつ怠惰していった。

思考の次は感情に溺れた。

以前の私だったら、このまま欲に流されて

・インドでヨガを習った

・インストラクターの資格を取得した

・日常とは違う体験をした

それで満足して、また元の生活に、感覚に戻ってていたと思う。

だけどもう元には戻れなかった。

心と体が繋がっている心地よさを知ったから。

本当は何が必要で、何を大切にしたいのかに気づいたから。

以前だったらなんとなーく見過ごして、周りに流されていたけど、本質的なことを知ってしまったから、もう見逃せなかった。

とってもシンプルなことだった。

ごまかすことが楽だったはずの私が、ごまかすことのほうがより辛く感じていた。

小さな小さな積み重ねが今の私の状態を作っている。

小さな嘘をたくさんついてきたから、小さな小さな心の声に耳を傾けたい、体の声を聞き逃したくない、そう思った。

私の中にある光り輝いてる部分を、まだ見つけてもらえなくていじけてる感情たちをしっかり見つめたい。

本当にいま自分が心から望んでいることは?

自分に問いかけるようになった。

私は自分の生い立ち、特に家族関係についてずっと悩んできた。

幼い頃に両親が離婚し、父方の祖父母に育ててもらった。複雑な環境で育ったと思い込んでいた。幸せそうな家庭の話を聞いたりすると、私とは別の世界の話だって思ってた。

根本で私は愛されていない、必要じゃなかったんだとも感じていた。

だって実のお父さんとお母さんからの愛情が欲しかったのに、それを感じることが出来なかった。側にいてくれなかった。

祖父母に対しても、申し訳ない気持ちがあった。私なんかいなければ苦労しなかったのに、と。

「私は愛情不足だ」

「もうおじいちゃんおばあちゃんも亡くなってしまっているし、帰る場所はない。実家ももうない。心が安らぐ場所はない」

「父親にも母親にもどうせわかってもらえない。」

そう思い込むことで、自分に責任を負いたくなかった。

ある日、心の声に耳を傾けて「六方拝」という瞑想をした。

すると幼い時の記憶が、鮮明に蘇ってきた。

自分は愛されてないと思い込んでいた私に

ちゃんと愛されていたよ、あなたは愛して愛されていたんだよ、あなたが愛の塊なんだよ

そう語りかけるようにあたたかくて、幸せな記憶が1つずつ鮮明に蘇った。

あたたかな幸せな涙が止まらなかった。

ネガティブな記憶、出来事にとらわれて、そこにあった幸せを見逃していたことに気づいた。

今じゃなくて過去を生き続けてた。

私が探していたものは、全部私の中にあったんだ。私の内側には、大きなあたたかい宝物がずっとずっとあったんだ。

私の存在は大切に大切に繋いできた愛そのものなんだ。

自分でがんじがらめにしていた鎖が解けていった。

私達は誰もが時に外側の世界にとらわれて、自分を見失い、悩み、もがいて、苦しんで。

だけどきっと私達は誰もが、自分の内側に美しさと、愛と、希望の光を抱えている。

私達の本来の姿は、愛そのものだと私は思う。

私達が本当に知りたいのは、周り(外側、物質世界)で起きていることではなく、自分自身の内側にあるんじゃないか?

本当に大切なものも、必要なものも全て自分の中にずっとあって、それを忘れてしまっているんじゃないか?

そんな大切なことに気づける瞬間、瞬間がここには詰まっていた。

どんな生き方をしていきたいのか、私達は選ぶことができる。

私がここで学んだことは

本来の自分の姿に戻っていく方法、知識。

心と体は繋がってる。

体を動かして、体で感じて、心と繋げることの大切さ。

バランスは自分で取れる。周りで起こる出来事じゃない。

外側に求め続けている限り、もっと、もっととなっていく。今目の前にある小さなことに気付けなくなる。

プログラムは終わったけど、ここからが本当の意味でのスタートだと感じた。

過ごしていく日々の中で何を選択していくのか、どの視点で起こりゆく出来事を、この世界を受け止めていくのか。

私は今、インド、プリーでみんなに出会えたこと、自分を見つけられたこと、感謝の気持ちでいっぱい。

ここに来てよかったと、心から思った。

そして1ヶ月で帰る予定だったけど、残ることにしました!

一歩踏み出すのがこわいあなた!!

りえカフェで待ってるよ♡

りえカフェ

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