ブログ再開します! ~武器は屁理屈!?坂本のふむふむヨガ問答~

武器は屁理屈!?坂本のふむふむヨガ問答表紙画像

はじめに

どうも、坂本です。

先日、慶応大学のサークルのメンバーがインドの生活を感じたいということでプリーに来られました。インドの生活を感じる、と言うことで知り合いの御家を御案内。せっかくなので、ヨガメンバーとちょっとしたワークショップも行いました。

所謂グループディスカッションです。その一つのテーマが「どうすれば意図的に自分をご機嫌にできるか。」というものでした。「友達に会う」「美味しいものを食べる」などという意見が出てきます。ヨガ実践者はさしずめ、「呼吸を整える」「姿勢を正す」「笑顔になる」などと言うかもしれません。

そんなことをしている中で、ある学生の言葉に大きな衝撃を受けました。1年生の男子の言葉でした。彼は自信満々にこう言い放ちました。

グループに分かれてディスカッションしています

「私は自分の欲求が満たされれば幸せです!」

頭をガツーンと殴られたようでした。ただ、その瞬間はなぜそんなに衝撃を受けたのかかわかりませんでしたが。

ブログ再開!

ヨガブログ再開します。

題して「屁理屈を武器に!? 坂本のふむふむヨガ問答」です。題名からお分かり頂けるとおもいますが、基本的にヨガのブログです。ヨガを通じて私が「ふむふむ」と思ったことをツラツラ書いていこうと思います。

ちなみに、この「インドネタ帳」(※現在のサンタナブログに統合)において以前ヨガのブログを書いてはいたのです。

それは「坂本のヨガ日記 ~身体が硬くてメタボなおじさん達へ、 ヨガって実は我々のためにあるのかもしれないんです~」というものでした。

昔描いた坂本のヨガブログ。副題は~身体が硬くてメタボなおじさん達へ。ヨガって実は我々のためにあるのかもしれないんです~

以前の坂本のヨガ日記表紙

題名長いです。そして、たったの4回で終わってしまいました。打ち切りにしてもちょっと早すぎました。そして写真ですが、1年ちょっと前ですが今と少違います。体重は15キロくらい減ってます。身体もちょっとは柔らかくなっています。ま、そんなことはどうでもいいことですが。

以前のブログは、どちらかというと体験談風でした。

ヨガ歴35年の母を持ちながら、私自身はヨガを始めてまだ1年強。実際に初めてから体験したことを主に書いていました。きっかけなどを書き、これから本格的に展開するぞ、と言う時にそのままフェードアウトしました。

なぜたった4回で打ち切りになってしまったのか。単純でして、所謂アウトプットよりインプット作業が面白すぎたからです。今まで、本、雑誌、ネットなど外からのみ情報をいれておりましたが、身体や呼吸、静かに座るという自分の中からこんなにも情報が得られるということに驚き、楽しんでおりました。

さて、主に私のヨガの学び方は以下の4つです。

ヨガのセオリーを間近で聞く

今はゆきちゃんがやってくれているヨガセオリー

ルチカのヨガセオリーの授業風景(今は頼りになるゆきちゃんが!)

私はインドヨガ留学においてはヨガセオリーの拙い通訳もやっております。(最近はゆきちゃんが来てくれてお願いしています。)その役柄上、ヨガが伝統的にどういった考え方をしているのかをダイレクトに学びます。セオリーの講師であるルチカの授業がまた良いのです。ヨガと言うものが伝統的にどう考えられてきており、それが如何に現代にも通じるかを説明してくれます。毎回英語でインプットして日本語にしてアウトプットしてきたわけです。幾タームも繰り返すうちに内容も暗記に近くなってきます。

ヨガの効果を理屈で考える

インドでは手に入らないので頑張って持ってきます!

そして最後はヨガやその周辺について、書物や論文をパラパラしています。ヨガって所謂、伝統的であり時にスピリチュアルだとされますが、実際にその効果を科学的にはどれくらい認められるか、などです。ヨガ関係の人が書いている書物も読みましたが、どちらかというとお医者さんや教育学者、神経学や脳科学、心理学などでヨガがどのように語られているのかが興味深かいです。ある方は「ヨガは99%の実践と1%の勉強」と言っていましたが、私はちょっと違います。理屈を知ると同じく練習するにもどう取り組み、どこにフォーカスしたほうがいいかがわかるからです。

ヨガで変化していく人たちと接する

ヨガメンバーとカフェで夜遊びしました

インドでヨガをする日本人をコーディネートしていて、大きな変化を遂げる瞬間に接することが良くあります。アーサナによって、呼吸法によって、瞑想によって、またはセオリーやメンバーとの対話によって、多くの場合はその組み合わせでしょう。また多くの場合、自分と向き合う時間を取ることによってということもあるようです。朧気ながらどういった要素が人を良い変化に導きやすいのかを教えてくれます。ちなみに実体験の話のいくつかはインドヨガ留学体験記にありますので、よろしければをご覧ください。

自分の身体で人体実験

ヨガの参加者に屁理屈をワークショップでお伝えしているところ。

セオリーで学んだり、本を読んだり、人の変化を見たりするだけでありません。もちろん自分でも日常的にヨガを取り入れています。朝は30分から1時間、夕方は1時間から2時間。呼吸法、アーサナ、瞑想を、時間や自分の心身の状態に合わせてやってます。上の三つで感じたこと、特に科学的にどう分析されているのかを実践で試しています。理屈で納得してそのコツを取り入れ効果を確かめるってのが面白いです。

 

という具合にこんな4つの要素を「あーでもない、こーでもない」と組み合わせて分離してっていう作業を1年くらいしてきました。そこで「ふむふむ」したことをここでシェアできればと思います。

 

「欲求が満たされれば幸せ!」?

大学1年生の「欲求が満たされれば幸せ!」という断言に何故一人衝撃を受けていたかです。少し一人になって考えてみたのですが、要するに「自分もそうだった。」という単純なものでした。以前の私もその言葉こそ使ったことはなかったでしょうが、まさに「欲求を満たせばいいんだろ!」「それが幸せなんだろ!」と鼻息荒く生きてきました。

面白い形の虹

マンションの屋上から見えた面白い形の虹

「自分の中の欲求さえ満たせばいい!」という考えを持った人は、ある意味強さがあるんでしょう。でも同時に(少なくとも私の場合は)ひどく脆かったです。

そこでの強さとは自分が今まで欲求を満たせてきたという自信とこれからもそれができるだろうという見通しがあるからでしょう。

でも、同時にその脆さはこんな形で表せそうです。

「欲求が満たされれば幸せ」=「欲求が満たされなければ不幸(少なくとも欲求不満)」ということになってしまいます。残念ながら生きていて常に欲求が満たされるとはまぁ限らないわけです。

・そもそも何がしたいのかわからなくなってしまった。

・やりたいことはわかっているのに何故か頑張れない。

・大好きな人が振り向いてくれない。

・やりたい仕事にはつけない。

・人とうまくやれない。

・心身が思うように動いてくれない。

こんな時、がむしゃらに頑張ってその欲求を満たそうとするのも一つです。でも、それでもうまくいかないこともあります。というか、実際そんなことばっかりです。だからこそ、大きな欲求が叶わなくて人生に悩むことは、多かれ少なかれ誰にでもあることでしょう。

そんな時の1つの選択肢としてヨガもあるのかもしれませんね。ヨガが「The art of living(生きる技術)」なんて言われる所以です。そんなこんなをこれから(屁?)理屈一杯で書いてみようと思います。

 

とりあえず今日はこの辺で~。

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