体の固いお父さんがオフシーズンを利用してインドへヨガ留学に行ってみた〜おとうさんヨガ体験記〜
2018年12月タームに参加した坂本さん。
開始早々に『お父さん』というあだ名が付き、一気に親近感がわく存在へと早変わりしました。そして実は異色の経歴の持ち主だったのです。
ヨガに触れ、変化したこと、感じたことをしっかりと文章に綴ってくれました。
ごゆっくりと御覧ください。
はじめに
皆さん初めまして、福岡県からのお父さんです。
(本名:坂本治郎:33歳)
2018年12月3日~2019年1月16日までの間、RYT200のヨガ留学に参加しました。
経緯・現在の日本での活動
元々は20代のころはずっと海外放浪していました。
その中でたくさん自分自身と向き合う時間がありました。
長い期間をかけて
『本当の幸せって何だろう』
と自問自答してきたことにより、その道中にすこしずつ価値観は変化していきました。
そして
『楽しく生きるためにはそんなに多くのものは必要ない』
『自分らしく生きたい』
という考えに至り、帰国後は福岡県のとある田舎町へ移住しました。
現在は縁があってさらに山奥の限界集落に移住して小規模ながらゲストハウスを経営、そして小規模ながら無農薬お茶農家として、あとは地元の山仕事のようなアルバイト、小さいイベント企画、ガイドや通訳、たまに講演に呼ばれたり、そんな特殊な仕事をしながら、なんとかかんとか生計をたてています。
ヨガとの出会い
腰痛との戦い
元々僕は18~24才までの6年間、陸上自衛隊として勤務していていました。
なかなか過酷な日々により、若くして体を壊してしまいました。
けれども、自衛隊生活の晩年は部隊内でのトレーニング指導官だったので、筋肉や骨のこと、トレーニング法などを勉強していたこともあり、それ以降は柔軟ストレッチを独学にて勉強して実践することにより腰痛や体の不調を改善することが出来ました。
アスペルガー症候群との向き合い
今となっては個性だとネタに出来るのですが、昔はこれによって苦しんでいた時期もありました。
ある程度大人になってから母から告げられた事、僕は昔からアスペルガー症候群の症状をもっていたということでした。
これはどう言う病気なのかというと、精神的なもの、発達障害の一種らしく。
・空気が読めない。
・集団生活がもの凄く苦手。
・他の人が当たり前に出来ることが出来ない。
・発言が一方的
・言葉の裏の意味や曖昧な表現が分からない
・会話が成り立たないことが多い
・暗黙のルールが分からない
といったような症状です。
特に集団主義な日本社会でやっていくにはかなり致命的な症状であって、僕自身も昔から、今もそうだけど、学校や職場など、集団との調和がニガテで馴染めませんでした。
(それなのになぜか超集団主義の自衛隊に所属していたなんて今考えれば本当によくやっていたなと思います)
ある年、〝そんな僕は人生を変えたい、夢を叶えたい〟と思い、
決心して仕事を辞め、俗に言う社会のレールからドロップアウトしてキャリアはすべてリセットし、窮屈だった日本社会から飛び出しました。
バックパッカー、チャリダー、ヒッチハイカー、ワーホリ、ボランティアなど。
やりたいことは何でもやる、行きたいところは全部行く、5~6年くらい海外放浪をしていました。
当時の心境としては仕事を辞めて好きな人生を歩むということに不安はありましたが結局は進み出した後は一度も後悔したことはありません。
それどころかそれ以降、海外に出てからは活き活きした人生へと変わりました。
そんな旅を続けていたある年、ある記事に出会いました。
『瞑想でアスペルガー症候群を改善できる』
と言った記事です。
先天的な障害であり、基本的に一生治らないと思っていた症状なのですが、それは目からウロコでした。それから少しずつ瞑想をはじめるようになりました。
ヒッピー達との出会い
海外放浪にでて、日本を離れて4年目、僕はニュージーランドワーホリで、とある大きなお屋敷のゲストハウスのマネージャーとして働いていました。
この頃になると、英語だけでもある程度深い会話が出来るくらいになっていたこともあり、この時期にたまたま親しかった当時の職場のオーナーや旅人などのヒッピー文化とのシェアリングは自分にとってとても学びが大きいものでした、彼らに影響されてヨガに興味をもったのもちょうどその時期でした。
余談ですが、ニュージーランドに移住しようと思っていて、せっかくワークビザも貰えるようになったのに、色々あって結局はそれすらも辞退して、ゆくゆくは日本へ帰ってくることになりました。そして現在に至ります。
以上3点、僕のヨガの入り方としては瞑想と柔軟ストレッチが入り口となっていますが、その様な流れがあったおかげで素直にヨガに出会いました。
今回参加することになったきっかけ
今の僕の生活自体が、山奥で自然体な生活をしていて、ゲストハウスそのものがロケーションも良いので、しばしばヨガやリトリートイベントをやっています。
せっかくだから外から来てもらったインストラクターさんにやってもらうだけではなく、僕自身が勉強してそれを訪問してきてくれる人にシェアできる立場になりたいなと思いました。
面白いことに限界集落ですので冬は殆どの仕事がなくなりオフシーズンになります。
毎冬3ヶ月は自由なので今回はその冬の期間を有意義な物にするため、何かを学ぼうと思ってインドヨガ留学を決意しました。
何故インドを選んだのか
僕の場合は特に深い理由はなく、日本が寒い時期に暖かいところで越冬したかったこと、また、世界最古と言われる日本人宿のサンタナが運営しているヨガ留学というので、いちゲストハウスオーナーとしては是非ともここに来たかったというのもあります。
インドの印象
今回インドに来たのは初めてではなかったのですが、かれこれ沢山の国を訪れてきたので、インドに初めて来た時ですでに55カ国目くらいでしたが、それでもインドはピカイチで、もの凄いカルチャーショックがあったのは覚えています。
保守的な文化が残っている、ものすごくゴミゴミして衛生面がひどい、空気もひどい、やたらとフレンドリーに絡んでくる人たち。
むしろフレンドリーを通り越して人のプライバシーに土足で勝手に上がり込んでくる人たち。
インドはそんなイメージでした。
だけど、途上国などを訪問したときによく感じること、発展してないからこそ失われてないもの。
底なしにノー天気で笑顔な人々、そんな人々をみていると幸せってなんだろうと考えさせられます。
インドでの生活
今回僕が受けた期間の12月生の同期は7人でした、あと前後の11月生が9人、1月生も2人、前後の月の人たちとは半月くらい一緒に学びました。
また、たまたま僕らが入ってきた頃に卒業していったRYT500生が4人、たまたま同じ時期を過ごしていたRYT200の卒業生2名が戻ってきていたこと、そして卒業生でありヨガスタッフの子たち、これだけで合計25名のヨガ留学生と出会いました。
どんな人が多かったかというと、仕事を辞めてここへ来た人、放浪族、自営業をしている人、ノマドワーカーなどある程度自由な人ばかり。
さすがに普通の会社員はいないだろう、、、と思いきや有給と年末年始休暇を重ね合わせ、51連休を勝ち取ってきたツワモノもいました、すごい!
年齢は20代、30代、40代、さすがに女子率高め。
そんな、いい大人達でも学生の合宿の寮ような、青春時代に戻ったような楽しい日々でした。
(ちなみに僕はこのように女子とワイワイやるような青春時代はありませんでしたがw)
これは同期のみんなと出会った初日ですが、この次の日の2日目にして僕は『おとうさん』というニックネームで定着してしまいました。
32歳(当時)には見えない風貌だからだそうです。
また、サンタナロッジに泊まっていたので沢山の旅人に出会いました。彼らとの出会いが楽しすぎて、次の日の朝が早いというのに、ついつい夜中まで語り明かしていました、そこらへんは全然ヨガを学べてない、ちょぴり反省ですw
意外だったのが、RYT200の為に来た人はみんながみんな今後ヨガを教える様な事を仕事にするのかなと思ってたけれどそんな人はごく一部だけでした。ほとんどは自分の人生にヨガを取り入れてみたいだとか、45日間のヨガ漬けの生活をしてみたいとかそんな感じでした。
また、みんなバリバリとアーサナ(ヨガポーズ)が出来るんだろうと思っていたけれど、
必ずしもみんながみんなそうというわけではなかったということです。
なので、このヨガプログラムに参加するにあたり、そこまで気負ってなくても
『ちょっとインドに長期滞在してみたいな、ヨガも興味あるし、ついでに学んでみようかな』
というようなノリでもまあ大丈夫だろうと思います。
学ぶのは月曜から土曜日まで、日曜が完全休日となっています。
休日はアクティビティーとしてヨガスタッフさんが色々提案・企画してくれた遊びを同期と一緒にやったり、またそこに、たまたまいた旅人と一緒に出かけたりする事もありました。
寺院に行ったり
ビーチでBBQやピクニックをしたり
ホテルのビュッフェに行ったり
アーユルベーダマッサージを受けたり
バイクを借りてツーリングしたり
映画を見に行ったり
プリーはインドの他の観光客が行くような有名どころよりも物価も安くその地の人も観光客スレていなくて長期滞在にはとても過ごしやすいところだと思いました。
カフェ、お土産、ショッピング、レストラン、一通り何でもそろってます。
まあしかし、レストランでいえば、僕が特にコスパが良いなと思ったのは結局サンタナロッジとサンタナホテルでした。
(ヨイショしてるわけではなく本当にそう思いました)
サンタナロッジでは味噌汁、ラーメン、お好み焼き、親子丼などもかなり良心的な値段で提供してくれますので、45日間、日本食が恋しくなることは全くありませんでした。
実践クラスについて
呼吸法、瞑想、そしてアーサナ、毎朝2時間、夕方2時間。
アーサナではここオリッサ州のチャンピオンらしく、アーサナも凄かったし指導も人柄もとても良くて、大好きな先生でした。
ここにくるまでにも自分である程度は自分でアーサナなどをやってきたつもりでしたが、もともと誰よりも身体が固いので、出来ないポーズばかりでした。
こんなヨガ漬けの生活は慣れてないので、とくに最初の2週間は毎日筋肉痛と披露でヘロヘロ。
だけれど、
出来なくても良い
他人と比べるようなことはしない
無理はしない
痛気持ちいい所でゆっくりと呼吸をすること
というのが教えでした。
もしこの言葉がなかったら僕ぐらいガチガチな人、もしくは負けず嫌いな体育会系の精神でいる人は凹んでしまったり無理して体を壊していたかもしれません。
それに、ヨガを学んでいて意外な事を教わりました。
『体が柔らかい人よりもむしろ体が固い人のほうがヨガには向いている』
ということです。
というのは自分の内面を見つめることがヨガの目指す趣旨なので、自由自在に体が柔軟な人よりも身体が固い人のほうが動かしたときにつぶさに自分自身を観察出来るからと言うことです。
それは、僕のような身体ガチガチ人間には目からウロコな教えでした。
もともと僕がヨガに持ってたイメージでは、若い女性、体の柔軟な人、スピリチュアルな人がヨガをやるものだと思っていたから、僕みたいな理屈屋で頭も体もガチガチな人間は絶対にヨガには向いていないと思っていましたがそうでもないということです。
ヨガは誰にでも平等に開かれています。
夕方のアーサナの授業が終わった後は同期と残って練習です。
この辺が留学の醍醐味です、目標は違えど同期として集った人たちと一緒に学びながら切磋琢磨出来る人がいるってのはいいものです。
毎週毎週、出来なかった事が出来るようになって、次第にヨガ生活にも慣れていって、体も少しずつ柔軟になっていく過程はとても面白かったです。
(でも柔軟とかそんなことはあまり重要じゃないと言うことです、とは言ってもまあ出来ないことが出来るようになるのは素直に嬉しいし楽しいものです。)
ヨガ哲学
ヨギーとしての生活・精神のあり方をルチカ先生の英語にて授業があります。
それを区切って坂本尚人先生の日本語による通訳が入ります。
僕らの社会の中ではヨガはエクササイズ的にアーサナばかりフォーカスされていますが、同様に哲学も学び、それらを結びつけるこことが大切ということです。
『健全な精神は健全な肉体に宿る』
という言葉があるように。
僕は海外生活がそこそこ長いのでルチカ先生の授業はそのまま英語でもほとんど理解出来るのですが、やはり内容が難しいので所々で理解できない、そんなときに坂本先生の通訳はとてもありがたいものでした。
だけど正直にいうと、チャクラがどうとか精神エネルギーがどうとか宇宙がどうとかだとか、そこらへんはあまりにも興味をもてませんでした。
実際に僕みたいな生徒は結構いるらしく(特に男性にその傾向が強い)そんな人たちにも分かりやすい坂本尚人先生の特別授業があります。
アーサナと哲学をどう解釈し、実際に生活の中にどう結びつけるかを解説してくれます。
また、幸福論について、有名人などの名言などを紐解いて解釈していったり、生きていく上で本当に大切にすることなどを改めて考え直す為のいい期間になりました。
”自分は自分のままでよい
それだけで十分に価値があり
この命を授かって存在しているだけで素晴らしいこと
そして満足することを知る”
サプライズ
12月25日。
いつも通りアーサナの授業が終わった後に瞑想の時間、この日は特別集中するために目隠しをして瞑想をするとのことで前日にスタッフからもメッセージによるアナウンスが入っていました。
その時は、
「へぇ~、そんな瞑想のやり方もあるんだ・・・」
くらいに思っていた。
そして、その日の特別瞑想、、、
いつも通りプラカーシュ先生の
「リラ〜ックス。後ロヲ向イテ、ユックリ目ヲ開ケテクダサイ」
の合図で目隠しをとり、前をみてみると、なぜかみんなに囲まれていて、暗闇の中にケーキが!?
「ん、、、何だこれ??」
そして、ケーキをよく見てみると
『ハッピーバースデー、おとうさん』のメッセージが・・・
…5秒くらい混乱してましたw
という感じで、どっきりは大成功です。
見事にやられました、33歳の誕生日のお祝い、いやー、とても嬉しかったです。
こんなの思いついた同期のしんちゃん天才。
45日を終えて変わったなと思うこと
僕は今回のヨガ留学にあたり、人生の転機だとか自分探しだとかでインドに来たわけではないということ。
今まで長い海外放浪の過程において自分自身と見つめ合ってきた。
だから、僕に関しては今更、たった45日で自分自身が大きく変わることはないだろうと思っていました。
しかし、よくよく振り返って考えたら色んな変化があったなと思います。
目に見える変化
・睡眠の質が良くなったのか、睡眠時間が短くなりました。
・姿勢が良くなり、身長も伸びました。
・食事に関して、食欲がかなり減りました。
というのは、元々は信じられないくらいの大食い&早食いでした。どのくらいかというと、とある早食い大会で優勝して賞金稼いだり、たまにある食堂の大食いチャレンジメニューで完食して賞金稼いだり、、、同世代では僕より大食いに出会ったことはありません、自衛隊の中にもいませんでした。
それが、今回ヨガ漬けの生活により食欲が激変しました。
食事瞑想というものも少し学びました。
おかげさまで、年相応に必要な量だけで満足するように正常化されたと思います。
また、お酒の量もかなり減りました。どう言うわけかお酒があまりおいしいと感じなくなるというか、欲しなくなってしまいました。
目に見えない変化
◎口数が減った
ゲストハウスオーナー職業柄なのか、というよりもともと、変に周りを盛り上げようとしたりして自分が喋りたい以上に喋っていたと思います。
たいして面白いキャラでもないくせに、空気読めないくせにw
それは多分、面白いキャラ、ナイスガイだと思われたいという承認欲求から来ていたんじゃないかなと思います。
”その言葉が沈黙によって縁取られる事によって、言葉が大切にされる”
坂本先生の授業の中でこのような言葉に触れました。
これは自分にとってかなりスゥーっと入ってきた言葉です。
無理して必要以上に喋らなくても良い。何者かを演じようとしなくてもよい。もっと肩の力を抜いて、無理をしない、自分らしいキャラでいていいんだな、変に良く見せようと思わなくてよい、アホだと思われててもまあよい。
そう思えるようになりました。
◎だけど言葉が素直に出るようになった
人を褒めるってのは照れくさくてなかなか出来ないことでした。
それはおそらく心の奥底にあった負けず嫌いの心と自尊心からなのかそんな事が素直に出来るキャラではありませんでした。
それが最近は、素直な気持ちで
『○○さん、あなたのこう言うところ素敵だと思う』
『あの人、ああ言う所凄いよね』とか言った言葉が自然に出てくるようになったなと思います。
自分でも驚いている1番の変化
家庭を持ちたいと思うようになったこと。
33歳独身なのに『貫禄がある、老けている』と言われるせいか、ここでは早々に『お父さん』というニックネームで定着していました。
最初は全然嬉しくなかったのですが不思議なことに次第に愛着が湧いてくるようになりました。
それどころか、不思議なことに、家族を持って、本当にお父さんになりたいと思うようになりました。
というのも今まで、いわゆる社会の枠組みからドロップアウトしてからの僕はトコトン好きなことだけをやってきました。
やりたいことは何でもやる、行きたいところは全部行く。
そして自分の好きな所に移住し、好きなことで食べていく。
そんな『自称自由人』であった僕は、
心のどこかで結婚をして家庭を持ったら負けだと思っていました。
しかし、ここでのヨガ生活、具体的に言えば日々の呼吸法、アーサナによって健全な心と体になってピュアな気持ちで物事を考えるようになったからでしょうか??
生きていく上で大切にしたいものというのを考えさせられた期間。
自由でいたい。
だからそれには何においても全て身軽である方がよい。
今までずっとそう思ってきた。
いやでももしかすると、そうではなく僕はただ単純に
『あいつは自由で羨ましいな』
『自分の道を切り開いて凄いな』
『世界と繋がるジローは渋いな』
と、ただそういう風に思われたい承認欲求をもっていただけなのかもしれません。
しかし、一度きりの人生、自分の体の声を聞きながら、よくよく考えたらそれも頃合いだと思い始めました。
今の複雑多様化した世の中だから色々と分からなくなってきてはいるけれど、家庭をもって親父になるということは、人間としての文明を持ち出した時くらい、もしくはそれよりも大昔からの営みであって、本来なら、本当に素晴らしいものなんだろうなと思います。
余談ですが、去年、僕の世界一尊敬している人
『世界一貧しい大統領』として有名な元ウルグアイ大統領のホセムヒカさんに面会したのですが、その時に
『人の幸せは何だと思いますか』と質問しました。
そのムヒカさんの答えも
1、生きがいをもって働けること
2、家族を育む喜びを持っていること
でした。
自分の人生にどうヨガを取り入れて行くか
〝生きていく上で一番大切な事って何ですか?〟
ルチカ先生や坂本先生の授業の中でも課題として、度々こう言ったテーマを考えさせられたりしました。
良好な友人関係を気づくこと?
良きパートナーと出会えること?
自立してお金を稼いでいくこと?
どれも大切だと思います。答えは一つではないし一人一人違ってて良いものだと思います。
ひとつ、僕個人として思うのは生きていく上で最も大切にしたいのは『健康』だと思っています。
もし時間かお金かに余裕があるのであれば健康には何よりも一番投資していきたいです。
(ちなみに僕はお金はあんまりないけれど時間はありますのでw)
今まで僕は学生時代から長いこと体育会系の中に身をおいていた事によって、かなりストイックに自分の体の声を無視して無理してきたなと思います。
それはそれが当たり前の世界にいた訳なので、無理しているとも思ったこともありませんでしたが、、、
おかげで気づけば色んなところで体にガタが来ていたものだし、また海外放浪中にも自分を過信して無謀なことも沢山やってきました。
今思えばよく五体満足で生きていれるなぁと思うこともあります。
今回の自分自身と向き合うという期間は改めてそういったことを考え直す期間でもありました。
いろいろありましたが、自分を見つめ直し、体の声に耳を傾ける、そうやって心身の健康をもたらすヨガに関しては、今回インドにくる前よりも好きになりました。
ゲストハウス紹介
そして、最後になりますが、僕のゲストハウスと活動内容を紹介させてください。
(この場を借りてちゃっかりPRする事をどうかお許しくださいw)
『天空の茶屋敷 (英名 Sky Tea House)』
https://www.skyteahouse.com
福岡県八女市というお茶の産地として有名な所のとある山奥の集落の一番上にあった壊される寸前だった大きな空き屋。
どういうわけか僕が無償で譲り受けることになり、その後は地域の人と外からやってきた人が協力し合い、改修してからはゲストハウスとして生まれ変わりました。
その名前の通り宿から眺めは抜群、周囲をお茶畑に囲まれ、裏には棚田が広がり、2分くらい歩いたところには滝があったりして秘境のゲストハウスとして早々にメディアなどにも取り上げられたりしました。
何かと言うと、ウチのゲストハウスはヨガをやるには最高の場所なのです。
でも何よりの魅力はこの地にいる魅力的な人たちとの地域密着ゲストハウスであること、なにを言っても僕みたいな変人を受け入れる器量のある村人ですので。
地域の人や地域おこし協力隊、NPOなどと相互協力しながら、田舎移住を目指してる人を応援、支援したりとか。
それから、僕が深く関わっている活動ですが、人手不足の農家さんと外からやってくる人を繋ぐ様な活動もしています。
地元の緑茶組合と繋がることによって農作業応援隊と言うものを受け入れる仕組みが出来ました。
簡単に言うと季節労働者受け入れです。
ここも毎年毎年ユニークな人が集まり、おもしろい環境です。
放浪中の人、アートな人、もしくは人生の転機の人などにぴったり!!
もし、2019年4月末~2019年7月くらいまでお茶の産地での農作業アルバイトしてみたいという人がいたらご紹介、ご問合わせください。
そして婚活始めました。
そういうことで、ここの女将として一緒に住んでゲストハウスを運営してくれるライフパートナーも募集中です。
・日本の文化が好きな人
・田舎移住、山暮らし、オーガニックライフをしてみたい人
・国際交流が大好きな人
・ゲストハウス運営したい人
・明るくて沢山の人から愛される人(これ一番重要)
どなた様か、もし周りにでもそんな人がいたらどうかご紹介してもらえたら嬉しいです。
(日本人でなくてもOKです!)
終わりに
長い文章でしたが、ご拝読ありがとうございました。
僕には世の中を大きく変える力はないけれど、せめて自分の周りの環境を楽しくすることくらいは僕だって出来るはず。
そんな事をライフワークとしてやっていきたいなと思います。
もちろん自分に無理のない範囲で
そして、人生楽しみながら!!
サンタナからのお知らせ
ヨガスタッフブログ開始!
ヨガスタッフとして活動してくれているのんちゃんのスタッフブログ~インドの海辺でヨガ生活がスタートしました。週一回の予定で更新する予定です。
インドヨガ留学インスタグラム
インドヨガ留学に関するインスタグラム始めました。ヨガの写真だけでなく、インドの写真、カレーの写真など盛りだくさんです♪ 現地の様子を是非ご覧ください。
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インドヨガ留学のプログラム紹介
RYT200
詳細:https://indiasantana.net/travel/yoga/
開催日程:
2022年:隔月開催
RYT300
詳細:https://indiasantana.net/travel/yoga-ryt300/
開催日程:
2022年:隔月開催